SHI・ZU・KA 成る泉
陽は西に傾きかけていた
目の前にはなだらかな斜面があり
私は吸い込まれるように登っていった
行き着いたそこは森に囲まれた小さな泉だった
水際の所までそろそろと近づいていくと
そこにひとつ 苔むした切り株があった
地面につま先を立て膝を抱え
しばらく腰かけていた私の耳に聴こえてきたもの
それはファでありソでありまたレでもあった
静寂の隙間から絡み合うように湧き出てくるのだった
と 突然水面に何やら動くものが目に入ってきた
よく見るとそれは猫
驚くほど大きなまるでビー玉のような目をした砂色の猫だった
尻尾の先には何か光るものは一本のロウソク
ロウソクが尻尾に巻きついて
いや尻尾がロウソクをしっかり巻きこんでいた
淡い光が猫自身の体を浮かび上がらせたかとおもうと
波ひとつない水面を這いそして次には空を指すのだった
音のない舞踏のようなその動きに息を殺して私は見入った
足跡のかわりに幾つもの水紋が浮かんでは消えまた浮かんだ
そして空間と空間の裂け目の中に滑り込むように
いつしかその動きは途絶え
何もなかったかのように穏やかな濃緑色の水が泉を満たしていた
ふと足元を見ると細長く黒い小さなものが転がっていた
手に取ってみるとそれはどうやら木炭のようだった
私は立ち上がり今まで座っていた切り株の
まだ木肌がそのまま残っている場所に小さくかすれた文字を見つけた
Tu veux venir 君は来たい
そう 確かに私はここに来たかったのだ
Tu veux venir Tu veux venir 何度もつぶやきながら泉を後にする
手に持っていたスミレ色のソーダ水の小瓶が暮れゆく陽に反射する
さっき目にしたばかりの砂色猫の動作を真似する私
緩やかに 大らかに 伸びやかに
<追記>
公演の模様の写真です